ちくしの混声合唱団

福岡県筑紫野市で活動している「ちくしの混声合唱団」です。
毎月3回、木曜日か金曜日、19時から21時、筑紫野市文化会館を拠点に練習しています。
現在メンバーは40名程。主婦、サラリーマン、学校の先生、OL、学生さん等々。
老若男女何方でも、いつでも練習参加、見学、入団できます。

合唱経験の有無は全く関係ありません。
初心者の方、大歓迎です。
楽譜が読めない方も、とりあえず読んで歌えるようになります。
是非お気軽にお出で下さい。

お問い合わせは、このブログにコメントをお願いします。

10月8日の練習

しとさたこよ

10月8日③

1900(20)基礎

1920(42)ハモフェス合同

 ドレミの歌

 すべての山に登れ

2002(13)休憩

2015(45)ハモフェス単独

 青空は清く(17)

 はるけき森に(18)

 海への祈り(19)

 ばらの花咲き(16)

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ハモフェスまで、残り練習2回となりました。

今回は時間としては決して切羽詰まった感じは無くて、むしろ余裕なんだけど、それだけに出来るだけ突っ込んだ練習をしたいです。

なので、今回の練習では、時間は掛かりますが、単独曲前半の2曲を各パートにそれぞれ歌ってもらいました。

次回は後半の2曲をそうします。

一番の目的は、夫々のパートが綺麗なユニゾンになる事。

同時に、パートだけで歌うと自分の間違いに気が付きやすいので、そこを修正する事。

今回の練習の2曲に限って言えば、間違いは殆どありません。

もう一つの大きな目的は、他のパートの音を聴く事。

これもとても大事な事です。

他のパートがどういう動きで、どういう風に歌っているのかを分かって歌わないと、ちゃんとしたアンサンブルは出来ません。

サッカーが、自分一人でボールを持っていてもゴールは出来ないのと一緒です。連係プレーあってのゴールで、他の選手がどう動いているかが分かっていないと連係プレーは出来ないのと似たようなものです。

同時に、夫々のパートの役割というか歌い方を少し突っ込んで練習しました。

夫々のパートに夫々の役割があります。

また、その歌の国籍、地域などによる歌い方があります。

それを出来るだけ盛り込みたい。

ただただ良い声でハモるだけではなく、その歌の特徴を出したい。


練習でも言いましたが、前半の2曲は北欧の歌ですが、参考に、シベリウスの曲を是非聴いてみて下さい。

どちらも、私の超お気に入りですが、

1曲は、弦楽カルテットもしくは弦楽合奏の「アンダンテ・フェスティーヴォ」

もう1曲は、交響曲第3番、特にその第2楽章。

北欧の、透明で澄み切った冷たい空気、雄大な自然、深い森とフィヨルド、夜空を彩るオーロラ、長い長い冬と暮れない白夜・・・

涙がチョチョ切れマスよ。

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10月15日②

1900(20)基礎

1920(40)ハモフェス合同

 ドレミの歌

 すべての山に登れ

2000(10)休憩

2010(50)ハモフェス単独

 青空は清く(17)

 はるけき森に(18)

 海への祈り(19)

 ばらの花咲き(16)

10月1日の練習

しとさたこよ

1900(22)基礎

1922(40)ハモフェス合同曲

 ドレミの歌

 すべての山に登れ

2002(10)休憩

2015(05)ハモフェス合同曲

 すべての山に登れ

2020(40)ハモフェス単独曲

 海への祈り(19)

 ばらの花咲き(16)

 青空は清く(17)

 はるけき森に(18)

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今回の練習からハモフェスのレパートリーの集中練習にしました。

残り3回の練習での夫々の曲の課題をざっと記してみます。

「ドレミの歌」

  細かい部分の音程とリズムを正確にする

  ヴォカリーゼ(Woo、Oh)と歌詞の間は間を取って分離する。

  歌詞が階名になっているところは、より正確な音程と良い声で。 

「すべての山に登れ」

  最初のアカペラの部分の音程を正確に。

  転調部分の音程を正確にする。

  ヴォカリーゼ(Woo、Oh、Ah)と歌詞の間は間を取って分離する。

  全員の歌詞が揃う部分は集中して揃える。

「青空は清く」「はるけき森に」

  歌詞を出来るだけ丁寧に鮮明に歌う。

「海への祈り」

  4段目の音程を正確に。

「ばらの花咲き」

  3拍子のレントラーのリズム感を出す。  

  参考音源

   


Oberschwäbisches Tanzliedchen


Oberschwäbisches Tanzliedchen


Oberdeutsches Tanzliedchen

他にもあります。「Oberschwäbisches Tanzliedchen」で検索してみて下さい。


そして、どの曲にも言える事で、いつも口すっぱく言っている事ですが、「ちゃんと切る」という事です。

「音をどう終わらせるか」をいつも気を付ける。

その基本は、「スパッと切る」です。

どうしても人間は惰性で生きます。

物理で言うところの「慣性の法則」は、人間の生活にも当てはまることで、人間は「習慣の動物」です。

一度始めたことは、直ぐには止められない。

なので、始めた時のエネルギーと同じかそれ以上のエネルギーを使わないと、止められない。

自転車は、こぎ出す時と同じぐらいか、それ以上に、止まる時はブレーキを一所懸命に掛けないと止まらない。


なにより、音が綺麗に着れた時は、快感です。チョー気持ちイイ。

その快感を覚えて欲しい。

そしてそうじゃない時を不快に思って欲しい。

人間は何事も感動しないと身に付きません。

音が綺麗に切れた時の感動をまずは自分で体感して欲しいです。


音の「切り」が上手くいくと「出」が良くなります。

そして、「出」が良くなると「伸ばし」が良くなります。

つまり、まずは「切り」です。


どうか意識してやってみてください。


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10月8日③

2020(40)ハモフェス合同

 ドレミの歌

 すべての山に登れ

2000(10)休憩

2010(50)ハモフェス単独

 青空は清く(17)

 はるけき森に(18)

 海への祈り(19)

 ばらの花咲き(16)

9月17日の練習

しとさたこよ

9月17日⑤

1900(20)基礎

1920(20)讃美歌ARA読み

 301.山辺に向かいて

1940(25)ハモフェス合同

 ドレミの歌

2005(10)休憩

2015(15)ハモフェス合同

 すべての山に登れ

2030(45)ハモフェス単独

 青空は清く(17)

 春けき森に(18)

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ちく混の今の課題は「ユニゾン」です。

パート内で、ユニゾンを出来るだけ綺麗に揃える事。

ユニゾンには、4つの要素があります。

音程、音量、音の長さ(リズム、テンポ)、音色

このうち音色は最後で良いです。

一番大事なのは、音程です。

この音程を揃える元となるのは、まずはみんなで同じ音階を共有する事、つまり最初の基礎練習の音階練習やパータン練習を如何に揃えて美しく歌うかということです。

音階や音程が美しくない限り、曲の旋律を歌っても美しくは歌えません。

そしてその為には、たとえ歌詞で歌っていても、どこかでソルファ=ドレミが頭の中にあってそれで歌っている事です。

音量は、実は客観的には分かりにくい。

ただ、いずれにしても、他の人の声を良く聴こうとする事が大事である事には違いありません。

自分が声を出す事と同じか或いはそれ以上の比率で、人の声を聴く事に神経を使う。

少なくとも他人の声が聴こえていないなら大きすぎると思っていて良いと思います。

音の長さに関しては、これも難しいですが、まずは自分で「数える」ことです。

特に長く伸びている音を、ちゃんと数える。

そして、どこまで伸ばして、どこで切って、息を取って、次の音を出すかと言う様に、先を考えながら歌う事。

漫然と惰性とか雰囲気とかムードで歌っていては、決して上手くいきません。

皆夫々一人一人が数えて、それが合う、と言うのが、一人で音楽でやっていても絶対に味わう事の出来ないアンサンブルの醍醐味です。

音色と言えば、まず発声が問題になりそうですが、それより前に「発音」の方が大事だと思います。

勿論、美しく発音しようとすると、発声は必ず関係してきます。

ただ、間違ってはいけないのは、いくら発声で美しい声が出るようになっても、それが美しい発音、或いは美しい音程や適性の音量やリズムで歌われない限り、美しい音楽には絶対にならないという事です。

それに発声は、あくまでも個人の問題です。

人の顔かたちが違い、そもそも声も人それぞれ違うのに、同じ発声で同じような声を出すという事は、本来無茶な事です。

本当はその人に合った夫々の発声法というのがあるわけで、それをいっしょくたにするのは非常に危険な事です。

それよりも前に、みんなで良い音楽を創るのに、するべき事、やれる事が山の様にあると思います。

とにかくまずは、美しいユニゾンで歌おう!

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10月1日④

1900(20)基礎

1920(40)ハモフェス合同曲

 ドレミの歌

 すべての山に登れ

2000(10)休憩

2010(50)ハモフェス単独曲

 海への祈り(19)

 ばらの花咲き(16)

 青空は清く(17)

 春けき森に(18)

9月10日の練習

しとさたこよ

9月10日⑥

1900(18)基礎

1918(16)讃美歌

 300.み空の彼方に

1934(20)ハモフェス合同(ソルファ×2、歌詞)

 ドレミの歌

1954(13)休憩

2007(13)ハモフェス合同

 すべての山に登れ

2023(37)ハモフェス単独(ソルファ×2・歌詞)

 青空は清く(17)

 はるけき森に(18)

 海への祈り(19)

 ばらの花咲き(16)

 青空は清く

 はるけき森に

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2週間ぶりの練習でした。

ハモフェスの合同曲の出来が、驚きの進捗。

細かい所は兎も角、全体としては極端な破綻はなかった。

ちょっと安心しました。

こういう、いわゆる純粋クラシックでない、イロモノ系というのは油断できない訳で、ちゃんとした出来にするのは結構難しいと、経験上思います。

特に今回はミュージカル仕立てという事なので、純音楽的な事だけを考えれば良いわけじゃないので、なおさら警戒しています。

ですが、今回の練習の出来を聴くと、なんとかなりそうな気がしました。


ハモフェスの様な、いわゆる合唱祭とか合同演奏会では、ともすれば単独ステージの演奏の方に重点が置かれ、合同曲がお飾りの様に、ないがしろにしがちですが、本当はむしろ合同曲の方をちゃんと歌えるかどうかが優先順位としては高くないといけないと思っています。

少なくとも練習は同等の時間を割いてやりたいと思います。


単独のレパートリーは、もう音は大体取れていますが、全体に音程がまだ不安定で、下がってしまうことが多い。

簡単な曲ですが、だからこそきちんとした音程感覚で歌う事に集中したいです。


また、声を出す時に、自分の息や喉の調子に任せないで、歌としてどう歌うべきかを考えてコントロールする事を心掛けたいです。

そうでないと、自儘な歌になってしまって、それはどんなに良い声で歌っても、押しつけがましい音楽になってしまいます。

そして、二人以上で演奏するアンサンブルは、最終的には、どれだけ自分以外のプレーヤーの事を考えて演奏出来るかにかかっています。

自分がどう歌いたいかより、その事により多くの喜びを見出せるかどうかが、アンサンブルを楽しめるかどうかの分かれ目です。

でも、これって自分の知る限り、殆ど出来ていない合唱団体が多いんですよね。

自儘な合唱は辞めた方が良いと思います。


楽譜が自分で読めて音に出来るようになる事は、少なくとも大人の合唱では殆ど必要不可欠で、その過程を省いて合唱をやる事は論外です。しかし、その過程そのものは、まだほんの出発点にしかすぎません。

本当の音楽づくりは、その基礎力の上に、果てしもなく続きます。

なので、現時点で満足したり止まってはいけない。

自分という楽器を使って、どう歌うか、そしてそれをアンサンブルにどう活かすか、これを突き詰めましょう。

出来るだけ神経を細やかに使って、大胆だけど、繊細な演奏を目指したいです。

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9月17日⑤

1900(20)基礎

1920(15)讃美歌ARA読み

 301.山辺に向かいて

1935(15)ハモフェス合同

 ドレミの歌

1950(10)休憩

2000(15)ハモフェス合同

 すべての山に登れ

2015(45)ハモフェス単独

 青空は清く(17)

 春けき森に(18)

 海への祈り(19)

 ばらの花咲き(16)

8月27日の練習

しとさたこよ

8月27日

1900(20)基礎

1920(20)カノン集1

 31.うるわしい五月よ

 32.ようこそ美しい五月

1940(17)讃美歌ARA読み

 299.浮世の栄えは

1957(10)休憩

2007(28)ハモフェス合同曲(ソルファ×2~3)

 ドレミの歌

 すべての山に登れ

2035(09)愛唱曲集2(ARA読み)

 42.アヴィニョン橋の上で

2044(16)愛唱曲集1(ソルファ×2・歌詞)

 18.はるけき森を

 19.海への祈り

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讃美歌は当然初見。簡単な曲とは言え、今や殆ど1回であまり間違えることなく読めてしまう。たとえ1回目に間違ったとしても、2回目、3回目には修正して正確に読めてしまう。

或いは知っている曲でも、旋律でないパートは割と正確に読める。

ところが知っている旋律になると、楽譜が自分の覚えている流れと違っても、何度やってもそれを修正できない。

曖昧な記憶に頼って流れで歌っていて、楽譜を正確に読んでいない。

知っている旋律を読む場合、頭の中で、その覚えている旋律に添って「後付けで」ソルファを付けている事がしばしばある。

でもこれは決して悪い事ではないし、むしろ時々そういう事があった方が良い。

だけど、そうして読んでいる時に、覚えている節と楽譜が違っていたら、一旦頭の中の旋律を真っ新に消して、初見で読むように読まないといけない。

そうしないと何度も同じ間違いを起こす。


一生懸命に記憶を消す。

音楽は記憶力が無いと絶対に成り立たない。

必ず頭の中で常に何度もフィードバックしながら最初から最後までの全体を俯瞰して頭の中で音楽を理解したり、創ったりしている。

フィードバックするには、瞬発的な記憶力がないと出来ない。

と、同時に選択的に不要な音をどんどんその場で削除していかないと次の音が入ってこない。

瞬発的な記憶と瞬発的な忘却。

実はこれは誰でも無意識にやっていること。

ただ、一度覚えてしまった音楽を消すことは中々難しい。

意識的に排除しないと、それがいつまでも影響し邪魔をする。


特に日本合唱界では「暗譜」至上主義者が世に横行していて、「暗譜してないなら歌うな」と云う輩が少なからず居る。

また、多くの人が、楽譜を読まずに耳コピで覚えて音を取る。

そういう音は「消えない」、そして「修正できない」


良い曲は覚えた方が良いし、そういう曲は自然に覚える。

ステージの見栄え上、覚えて歌った方が良い事もある。

だから覚える事がなんでも悪いわけじゃない。

でも、覚える事と同時に、忘れる事、消し去る事も、実は同じぐらい大事だという事を肝に銘じるべき。


「忘れてしまう」というのは、ネガティブに取られがちだけど、音楽に限らず、人生においても、とても大事な事だと思います。

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9月10日⑥

1900(20)基礎

1920(15)讃美歌ARA読み

 300.み空の彼方に

1935(15)ハモフェス合同

 ドレミの歌

 すべての山に登れ

1950(10)休憩

2000(25)ハモフェス合同

2025(35)ハモフェス単独(ソルファ×2・歌詞)

 青空は清く(17)

 はるけき森に(18)

 海への祈り(19)

 ばらの花咲き(16)