4月21日の練習
1900(16)基礎
1916(30)定演(solfa、歌詞)
夏のあけぼの(31)
神の栄光(34)
歓喜に寄せて
われに帰れ
1954(10)休憩
2004(45)定演(solfa、歌詞)
わがジョニー(12)
むなしく老いぬ(14)
羊飼いよ急ぎ行きて(24)
ひらいたひらいた
かごめかごめ
琵琶湖周航の歌
天には栄え
父なる御神に(讃68)
まことの恋(4)
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練習の途中で種明かししましたが、今回の練習では殆どの曲をいつもより半音から全音低くして演奏しました。
ソプラノやテナーの最高音がFを超えない、殆どEとかEsとかに留まるようにしました。
遠慮なく言えば、私の見る限り、一番順応していたというか、一番効果があったのは、アルトでした。
力抜けているようで、音程がずっと安定していました。
また、これ以上下がりようがないからか、ピッチが下がることが無かった。
バスは当然低い方が出にくくなるけど、少し高い音域でも戸惑いがあったのか、音程がふらつくところがあった。慣れが必要なのかなと思いました。
実は、一番効果を求めていたのは、高声部、特にソプラノでしたが、今回の練習では、あまり上手くいかなかった。
無理もないと思います。
そう簡単には上手くいかない。
練習中も言いましたが、意識を変えて欲しいです。
声の勢いで歌うのではなくて、歌そのものを歌うつもり、と言ったら良いのかな?
一つの方法として、声で歌うのではなく、言葉で歌おうとする。
声で歌おうとすると、母音の響き方がいびつになって、例えば響く母音は強く、響かない母音も響かせようとすると日本語に聴こえない、メロディーがきれいに流れている様に聴こえないとかの問題が出てきます。
日本語の言葉を美しく歌おうとする。
発声ではなくて、発音です。或いは発語。
一つの方法として、詩でもなんでも良いから、何かの本をゆっくりと朗読してみる。
そうすると意外と、例えば母音ごとの響きがバラバラで言葉の流れがスムーズでなかったり、変なところにアクセントが付いてたりするのが分かると思います。
同じことが、歌の時にはもっと増幅されて起こっている。
さらに音程が付くことで、当然、より難しくなる。
特に難しくて気を付けなければいけないのは、「イ」と「エ」の母音の扱いですね。
まずは自分で喋ったり、歌ったりして、どんな音がしているのか、客観的に自覚する必要があります。
声音は、人の顔かたちがそれぞれ違うように、一人一人違って良い、というか、それが当たり前です。
だから、声音、声の音色は違って良い。
整えるべきは、繰り返しになりますが、言葉の発音だと思います。
美しい発音。
特にソプラノは、まず声ありきという意識が染みついている感が強い。これはどこの合唱団でもそうです。確かに、高い音を出すのは誰でも出来ることではない。だから声で歌おうとするのは無理からぬこと。
勢い、西洋の「発声」に頼ってしまう。
それが悪いとは決して言いませんが、そこから一旦は脱却して欲しい。
その為に敢て調性を低く設定して、言い換えれば殆ど誰でも歌える調性で歌ってもらおうと思ったわけです。
無理に響かせる必要はない。話し声の延長の様な気分で良い。
或いは、子供の時の素直な歌い方を一度思い出して欲しい。
西洋クラシックの訓練された声を一旦手放して欲しい。
日本人の体から発する自然な日本人の声音と言葉で歌って欲しい。
もし、それで歌えない曲なら、それは曲の選択が合っていない、というのが本当だと思います。
話しをデカくすると、今の日本合唱界は、そういう意味で、西洋の洋服に自分の体を合わせている様な、大きく本末転倒なことをしていると思います。
全てを是正することはないけど、出来る範囲で、本来の日本人のやるべき合唱を目指す必要を感じています。
そして、ちく混は、そういうことを考えながら演奏しなければいけないようなレベルに来ていると思います。
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【5月12日】⑤
1900(20)基礎
1920(30)定演(solfa、歌詞)
夕べの歌(26)
若者の歌(27)
菩提樹(30)
夏のあけぼの(31)
神の栄光(34)
歓喜に寄せて
1950(10)休憩
2000(45)定演(歌詞)
われに帰れ
わがジョニー(12)
むなしく老いぬ(14)
羊飼いよ急ぎ行きて(24)
ひらいたひらいた
かごめかごめ
琵琶湖周航の歌
天には栄え
父なる御神に(讃68)
まことの恋(4)
夕べの歌(26)
若者の歌(27)
菩提樹(30)
夏のあけぼの(31)
神の栄光(34)
歓喜に寄せて